今回の選挙を通じてずっと心に引っ掛かっている問題として、「自民党の方が政策が分かりやすかった」「小泉首相が争点を明確にしたから分かりやすかった」という話がある。テレビの報道番組が街を歩く若者にインタビューをして、選挙結果に対する感想を拾った映像で、この回答パターンがよく使われる。「自民党の方が分かりやすかった」、「分かりやすかったから投票した」。選挙結果確定後の現在は、そのことが既成事実として完全に塗り固められている。自民党は分かりやすい政策を主張したから有権者に理解され、民主党は逆に分かりにくい事ばかり並べていたという結論になっている。本当にそうだったのだろうか。本当に小泉首相と自民党の主張や政策は「分かりやすかった」のだろうか。そのようにマスコミや評論家が選挙の「事実」を固めるのを許してしまっていいのか。投票の一週間前までは、逆に「自民党の郵政民営化論は分かりにくい」とか、「何を言っているのかよく分からない」という声も拾われていたはずだ。五分五分だった。
ネットを漂流してブログを発見した人たちの多くも同じだったのではないだろうか。「分かりにくい」というのが本当だったのではないだろうか。問題を真面目に考えれば考えるほど、小泉首相や竹中平蔵の言っている郵政民営化論は分かりにくく、何か真の目的や動機を隠しているようであり、わざと政策主張を単純化して有権者にものを考えさせないようにしているのではないかと疑うのが自然だったのではないか。小泉自民党の郵政民営化推進論とその争点化に対しては、まともな知性と常識を持った人間であれば、それを「分かりにくい」と反応する方が正常であったはずなのだ。ネット上には竹中平蔵が郵政民営化の政策意義について説明している
ページ(『竹中平蔵の構造改革日誌』-これでも「郵政民営化」に反対しますか)がある。検索をかけると最上位にヒットするということは、この選挙の期間を通じて相当の数の人間がこの説明に目を通していると言える。そこには郵政民営化が国民にもたらすメリットとして次の4点が挙げられている。
①350兆円が民間のものになる、②24000店のコンビニチェーンができる、③公務員が減る、④税納で国家財政に貢献する。聞き飽きた感がするが、この4点は選挙中も何度も言われ、そして反対論者から逐一矛盾を指摘されて、メリットではないと反駁された問題点でもあった。①の350兆円の民間移行は、事実上、民間への移行と言うよりも米資への移行であり、それが日本経済の活性化や雇用の向上に繋がるかどうかは全く不明で、むしろ350兆円が(預金保険機構の拘束や保証のない)ハゲタカ資本によって米国市場で投機に回され、市場の暴落によって不良債権化する可能性がある
懸念が言われていた。②のコンビニ論は論外で、竹中平蔵も選挙の途中からこれは口を噤んで言わなくなった。③の公務員が減る話は、④の国家財政の問題とあわせて、確かに公務員の数は見かけ上は減るけれど、それが特に何の国家財政の改善にも繋がらず、「小さな政府」への貢献にならない
点は、郵政公社の独立採算制の話で完全に論破されていた。
要するにここで竹中平蔵が挙げている「郵政民営化のメリット」というのは嘘で、まやかしで、本来、それは義務教育修了の知能を持った人間なら誰でも理解判断できることなのだ。少し中身を考えれば、そして政治家というのは常に大衆に嘘をついて騙そうとするものだという警戒意識があれば、竹中平蔵と自民党の嘘は見破れたし、嘘だと確信は持たないまでも、それは本当だろうかと疑うことはできたはずなのだ。郵政公社の事業を民営化すれば日本経済がよくなって国民が幸福になると自民党とマスコミ評論家は言っているけれど、本当にそうだろうか、何か裏があるんじゃないかと考えてよいはずなのだ。そして自分の頭で論理的に中身を埋めようとすると、つまり郵政民営化からバラ色の景気回復の結論への道程を具体的に埋めようとすると、途端に行き詰まって分からなくなるのである。竹中平蔵が言っているのが単なる抽象的なスローガンであって、何も具体的な政策の中身が語られていないことに気づくのだ。だから「分かりにくい」のである。
「自民党は政策が分かりやすかった」というのは間違いである。小泉首相は政策は語っていない。語ったのは「郵政民営化」というスローガンだけだ。「分かりやすかった」のは演技力なのだ。小泉首相の迫真の演技に説得されているのであり、演技の台詞に共感しているのであり、自民党に投票した人間が納得したものは政策ではない。もっと煎じ詰めて言えば、何も自分の頭で考えず、テリー伊藤や飯島愛の扇動と誘導にそのままノセられ、その気にさせられ、政策に賛同共鳴した気分になって、小泉首相に一票入れたのである。政策とスローガンが区別できていない。政策とスローガンの判別ができるほどの政治的知性を最初から保有していない。つまり無知なのだ。複雑な政治情報を情報処理するインテリジェンスが欠如しているのである。選挙当日の番組で久米宏と筑紫哲也が「無党派層も最近はずいぶん様子が変わりましたね」と言っていた。まさにそのとおり。世代の問題とも絡むが、恐ろしいほど政治に無知な、知識格差下位の層ができていて、通常なら「政治は分かりにくい」ので棄権で済ます彼らが、小泉自民党に一票を入れたのである。