「世界」の12月号が発売されていたので、佐藤優のファシズム論の続きを読むべく本屋に駆け込んできたのだが、連載の第六回は「プーチン露大統領訪日という試金石」というタイトルで、中身も理論的要素の薄いただの政治評論だった。すっかり肩透かしを食らってしまった。講座派と労農派のファシズム論を検討するという予告をしていたにもかかわらず、あっさりキャンセルして日露外交の話に変えてしまっている。やはり前回のファシズム論は単なる「受け」狙いの付け焼刃だったのか。しかも今回の記事の冒頭には、「
小泉政権をファシズムと見ているかどうかと問われると、筆者の答えはノーである」と書いていて、この書き出しにも落胆させられた。慎重を期すのはよいが、これでは折角大きな反響を得た前回のファシズム論が何やら無意味で散発的な問題提起になってしまうではないか。その場その場の「受け」狙いの売文的連載の印象が濃くなってしまう。もう少し問題意識を継続させて、研究を掘り下げてファシズム論を仕上げて欲しかった。
失望しながら他のところを見ていたら、山口二郎の「民主党はいま、何をすべきか」という7ページの小論があった。常連だから「世界」には必ず出てくる。中身はいかにも山口二郎らしい(堅実かつ平板な)内容で、ボッビオの左右対立図式を最初に紹介して、ボッビオのシェーマに沿わせる形で日本の政治配置図の右と左を再定義し、その上で民主党に左へ寄れと呼びかけていた。曰く、「
民主党が二大政党の一翼を担いたいと本気で考えるならば、自民党の左側にしか場所が空いていないことから出発しなければならない。繰り返すが、ここでいう左とは平等や再分配を自民党よりは重視するという意味である」(P.77)。「世界」の読者はこの山口二郎の民主党への呼びかけを「そのとおりだ」と肯首するのだろうが、私は「またか」という感じでしか受け止められず、説得的には聞こえない。山口二郎はここ数年間、民主党に同じメッセージを投げていると思うが、民主党が山口二郎の提言を真面目に聞く耳を持っているようには私には見えないのである。
山口二郎は、自分の提言が現実に民主党を動かして、民主党の政策を左に転換させられると本当に考えているのだろうか。それとも、この提言は民主党創立に関与する立場の者としての、民主党の新自由主義政党化の現状に責任を感じての、言わば国民に対する責任倫理的な責務履行のものなのだろうか。山口二郎の学者としての責任の問題として見たとき、私はこうした提言は山口二郎の良心の表明として大いに評価するのだけれど、実際に今回の主張が民主党を動かす力になるとは期待できないのである。厳しい言い方だが無力だと思う。改革競争を宣言している前原誠司は、民主党を自民党以上に過激な新自由主義革命の最前衛に変えるべく奔走していて、さらには改憲断行まで堂々と宣言している。山口二郎の言うボッビオの図式に置いて言えば、前原民主党は小泉自民党より右の位置に立つべく政策転換を強行しているのである。前原誠司には社会民主主義への郷愁や公共福祉主義への未練は一切ない。頭の中は竹中平蔵と同じだ。
前原誠司に投票した民主党の多数は、要するに現在は新自由主義全盛の時代であり、今後もその趨勢はさらに強固なものになると想定していて、新自由主義を是認肯定する形でしか政権党にはなれないと悟っている者たちである。代表選で菅直人に投票した連中の多くも内面では新自由主義への改宗転向を着々と進行させている。そもそもが左の社会主義の立場を捨てて政権に就くために保守政党である民主党に合流した者たちである。民主党が設立されてから後で加わった若い議員たちは、松下政経塾出身をアイデンティティとするような自覚した新自由主義者ばかりだろう。彼らは民主党の方が自民党よりも新自由主義的な政党であり、新自由主義が将来の世界を席巻する事態を想定したからこそ、利権配分的で地域土着的で年功序列的な自民党の体質を嫌い、斬新な保守政党である民主党に身を置く選択をしたのである。その方が政権幹部になる道が早いと判断したのだ。前原誠司も、野田佳彦も、原口一博も、中田宏も、松沢成文も。
私は民主党に左に寄れと言うのは無理だと思っている。民主党は自民党に対して社会民主主義的な政策を掲げて対立する選択はしないだろう。今回の選挙で小泉自民党を支持した都市の無党派層をそのまま奪い返しに行くだろう。つまり新自由主義の支持者の奪還を図るだろう。新自由主義の本家本元は民主党だとアピールする広報宣伝戦略を採るだろう。それは単に宣伝だけでなく前原誠司の信念でもある。改革競争の路線が民主党を復活させる道だと確信している。改革ファシズムの一翼であるマスコミもそれを歓迎していて、マスコミが民主党の改憲と改革競争を褒めて囃しているから支持率もさほど下がらない。私は現在の日本の政治の打開を共産党を右に寄せることで問題解決しようとしている。山口二郎は民主党を左に寄せることで問題解決しようとしている。二人の戦略はかく対照的に異なる。果たしてどちらが正解か。それは二人のどちらの政治学が正しいかという問題に繋がるはずだ。私は私の提案と戦略に自信がある。民主党は左に寄らないが、共産党は右に寄る。日本の政治を変えるにはそれしかない。