今から振り返って、総選挙のターニングポイントを一つだけ選ぶとすれば、やはり8月19日(金)の堀江貴文の
出馬表明であったと私は思っている。形式は無所属だったが、堀江貴文が刺客候補として亀井静香の選挙区である広島六区からの立候補を表明して小泉首相の郵政民営化を積極支援する姿勢を明らかにしたことが、この選挙の行方を大きく左右した。解散から十日後、公示の十日前の重要な時期で、この局面の世論とマスコミの動向が選挙結果に決定的な影響を及ぼす。当然の話だが、私はこの時期にありのままの客観的な情勢分析を記事に著すことはできなかった。小泉自民党が敗北するという結果予測を前提に据えて、読者がその説得にコンビンスするように議論を立てて行かなくてはならない。単なる評論家ではないのだ。私をネットで執拗に誹謗し続けている共産党ロボットは、私が民主党不利を内心で確信しつつ小選挙区で民主党候補への投票を呼びかけた
行動を繰り返しあげつらって批判している。
結果が出るまでは最後まで目的の実現に
コミットし続けるのは当然だろう。民主党敗北は必至だから小選挙区でも自由に泡沫候補に投票せよなどと口が裂けても言える筈がない。せめて与野党伯仲まで追い上げるためには、反小泉の有権者が結束して小選挙区で民主党に投票するしかなかった。小選挙区で共産党や社民党に投票しろと呼びかけることに何の意味があったのか。私はそういう話を平然として省みない共産党ロボットの独善と没リアリズムが理解不能だが、彼らにとっては当ブログは小泉自民党以上に目の敵の存在で、一刻も早く駆除したい害虫らしい。自民党攻撃そっちのけでブログ糾弾に躍起になっている現実がある。不破哲三が
隠居を決意して、党本部が共産主義の看板を下ろす支度を整えたとき、彼らは果たして何と言うのだろう。不破哲三が決断して表明すれば善だが、その前に部外者の私が主張すれば悪なのか。スイッチが物理的に入るまで回路が作動しない頭脳の人間をロボットと言う。
8月9日に解散直後の世論調査結果が出て、例の小泉演説の影響で自民党支持の数字がハネ上がった後でも、私はまだ民主党が挽回できる余地はあると考えていた。(正直なところで)民主党の敗北を確信したのは、8月20日(土)のTBS「ブロードキャスター」の番組を見たときだった。8月19日(金)と8月20日(土)の二日間で勝負が着いた感じがする。詳細は当時の
記事のとおりだが、福留功男と木村政雄と田中里沙に固められてしまった。堀江貴文の立候補の後、マスコミは毎日必ず亀井静香と堀江貴文の二人を善玉悪玉のコントラストで演出報道して、政治に素人の若い改革の旗手と永田町に巣食う利権政治家の巨魁の対決の構図を視聴者に刷り込んでいた。堀江貴文を亀井静香に当ててマスコミを張り付かせた時点で
戦術的には八割方成功を収めている。それに加えて広島六区の民主党候補が愚の骨頂を絵に描いたような男で、広島六区の選挙映像がテレビ中継で出るたびに絶望的な気分を深めさせられた。
「民主党は改革なんて本気で考えてなくて単に政権が欲しいだけなんですよ。そうじゃなきゃ何で郵政民営化法案に反対投票したんですか」。この堀江貴文の言葉は説得力があった。少なくともB層有権者には説得力のある
分かりやすいトークだった。だが、その堀江貴文自身が、刺客候補として出馬表明する前の17日に岡田克也と直接会って話をしているのである。岡田克也と何を相談したのか。この事件は今回の総選挙全体を捉え直す上できわめて重要な問題だと思われるが、真相は未だに洩れ伝わって来ない。堀江貴文も明らかにしていない。明らかにされるときっと具合が悪いのだろう。考えられるのは、岡田民主党にまず郵政民営化賛成の旗幟を鮮明にせよと説得したということだろう。そうすれば民主党から立候補してもよいとか、自民党からの要請は断ってもよいと打診したのではないか。解散前までの堀江貴文の思想と行動からすれば、どちらかと言えば本人は民主党の方に親近感を感じていたような印象がある。
堀江貴文が刺客候補として登場したことで、大衆表象として小泉自民党の「改革」イメージは堅固なものになり、「改革」選挙の性格が揺るぎないものになった。マスコミも郵政民営化を選挙の争点としてオーソライズせざるを得なくなった。戦術論として言えば、あのとき、岡田克也は絶対に堀江貴文を自民党陣営に渡してはいけなかったのだ。何故それが計算できなかったのだろう。堀江貴文の本当の狙いは民営化後郵貯の
カネと民営化後の
NHKだったはずだ。それを懐にできれば自民党でも民主党でもどちらでもよかったのである。岡田克也と急遽会談をセットしたのは、自民党が堀江貴文にぶら下げた餌よりも大きい果実を岡田克也にせがんで、言わば商談上のクロスエスティメーション(相見積)の両天秤を図ったという想像以外に考えられない。自民党はNHKの地上波一局だけしか分けてくれないが、民主党ならNHKと郵貯のカネ五十兆円の二つくらいは分けてくれますよねと強請(ねだ)ったのではないか。そう考えれば会談の納得がいく。
岡田克也は真面目な男だから、きっとその汚い取引に応じなかったのだろう。堀江貴文を買わなかったのだ。堀江貴文は選挙を金儲けの機会にしようとして、自民党と民主党を秤にかけ、高く買う方に自分を売ろうとしたのだ。自分が出馬した方に風が吹くと判断したのであり、その自信と自負には驚嘆するが、結果的に間違っていない。大量のB層有権者の存在の事実は、堀江貴文という新自由主義のアイドルを選挙のキーモメントにした。逆に堀江貴文という駒を民主党に奪われてしまえば、自民党の刺客作戦もあれほどの威力を発揮することはできなかっただろう。堀江貴文をシンボルとした民主党の「真の改革」のメッセージがB層有権者をコンビンスしたに違いない。あるいは自民党の「改革」と民主党の「真の改革」が相殺して、選挙結果は五分五分になっただろう。私が民主党の党首だったら、堀江貴文を騙して民主党の公認候補にした。NHKもやる、郵貯も全部やると嘘を言って、空証文で堀江貴文を口説いて自民党から引き剥がした。
ウェーバーの言う「悪魔と手を握る」政治の瞬間とはそういうものではないか。小泉首相は空手形を乱発して選挙を勝利した。小池百合子の官房長官も嘘。猪口邦子の外務大臣も嘘。勝てば官軍。結果が全て。今年、堀江貴文を嫌いという日本人は大幅に減ったに違いない。堀江貴文はマイナスシンボルからプラスシンボルに転換した。新自由主義は「時代の正論」「多数の常識」の地位を完全に確立した。政治をする者は悪魔と手を握らなくてはならない。正義と理想の実現のため、最大多数の幸福のため、悪魔と手を握ることに躊躇してはならない。