紅白歌合戦で見たいのはキャンディーズである。NHKには何とかそれを実現してもらいたい。NHKにはキャンディーズの名付け親の山川静夫がいる。山川静夫が最後の御奉公で三人を口説き落としてくれないものかと、この二十年くらいずっと思い続けてきた。水面下で働きかけはしていたのだろうが、最終的に了承が得られなかったのに違いない。伊藤蘭と田中好子の二人は現在でも芸能界で現役で活躍している。そうした事情を推測すると、表面に出るのを拒んでいるのはきっと藤村美樹なのだろう。引退した藤村美樹の消息はほとんど伝わって来ない。「普通の」市民なのだからそれで悪くはないが、どこかの時点で三人が揃って一枚の写真に元気な姿で収まって欲しいと思う。私がこれまで見てきた日本のエンターテイナー(芸能人)の中で、最もビジュアルバリューが高いと思われるのはキャンディーズである。キャンディーズ以上に魅力的なコンテンツは他に存在しない。
ということを、十年くらい前までは特に意識しなかった。最近は明確に意識する。
中森明菜もアーティストとして素晴らしいが、バリューとして比較するとキャンディーズの方が上だ。一年に一回くらい、ほんの数十秒間だけ、例えばテレビ東京の懐メロ番組などでキャンディーズが出る瞬間があり、テレビ局はその情報を新聞のテレビ欄で誇大に宣伝して視聴率を稼いでいた。数十秒だけでも過去のキャンディーズの映像は価値がある。驚くほどバランスがよく、映像コンテンツとして魅力度が高い。具体的に言えば、三人のボディ・プロポーションのバランスが素晴らしい。当時は、キャンディーズが好きという主観は強かったが、客観的に考えれば、同じような人気アイドルグループは今後も登場するだろうと考えていた。が、その予想は間違っていて、キャンディーズと同じどころか、その水準に接近する存在も出ないし、今後もあのようなスーパーアイドルは現れないだろう。
キャンディーズには人気だけでなく実力があった。ビートルズと同じで個々が徐々に個性を開花し能力を伸ばしつつあった。あのとき22歳の若さだから、あと十年間やっていればどんなスーパーユニットに成長しただろう。新しい音楽に挑戦して幅を広げただろうし、80年代の
空気を吸ってダンスも熟達していただろう。恐らくSMAPの女性版のような展開になったのではないかと想像する。恋愛もあっただろう。夢中になっていた若い男の子たちは、三人が大好きでありながら、同時に各自が特別に肩入れする一人を持っていた。誰かに人気が集中するということはなかった。振り返ってあの当時を思い出すと、肩入れする一人が誰かということで、互いにその男の個性(女の好み)を推し量り、互いの性格の異同に頷き合っていた。それぞれに好みがあり、個性(好みの違い)は尊重すべきもので、大いに尊重できるものだった。キャンディーズを通じて互いに仲良い関係を築いていた。
若い男は女を知らず、女を知らない男にとって女は女神であり天使であり、女神であり天使であるキャンディーズを偶像として見惚れていた。ピンクレディーでは女神にも天使にもならなかった。それを好むのは女を知っている大人の男(現在で言えばオヤジ)たちだったからだ。キャンディーズが解散後一度としてメディアの前に出ることなく、芸能界から完全に姿を消したことと、ピンクレディーが枯れることなく現役をそのまま続けていることは、コントラストな事象でありながら本質的には同じ問題であるように私には見える。それは「生き方」の問題だ。よく明治の人の生き方は凄いとか、さすがに明治の人は違うとか言うけれど、きっとあれと同じで、70年代の芸能人は80年代以降の芸能人とは生き方が違う。山口百恵も、
桜田淳子も、南沙織も、アグネスチャンも、生き方と言える凄みのある生き方をアイドルたちが持っていた。ピンクレディーにもそれがある。人の心を熱く揺さぶるもの。
三人は性格がよかった。真面目な人格だったと言うべきだろうか。それは芸能界で仕事を続けた二人のその後を見てもよくわかる。二人の女優に安心感があるのは、きっとそのことが影響している。だが女優としての二人を比較すると、当時の二人の実力評価とは全く逆の方向に結果が出ていることに驚く。田中好子がこれほど女優として才能のある女だとは誰も思わなかった。いつの間にか本格的な大女優に化けていた。伊藤蘭の方は必ずしもそうは言えない。二年ほど前に連続テレビ小説に準主役で出演していたのを見たが、衰えぬ容姿と柔らかなカーディガン姿の上半身の線以外に見るべき価値がなく、演技は凡庸で退屈さえ感じた。田中好子の「ちゅらさん」の母親役の堂々たる演技力と較べて、その存在感の落差に愕然とする。田中好子の演技力が評価されたのは映画「黒い雨」からだったと思うが、ドラマ「おしん」の初子役も印象的で、主役の田中裕子に一歩も引けを取っていなかった。
人の才能ってわからないものだ。スーちゃんはこれからどんな老け役に挑戦するのだろう。