昨夜のテレビで「報道ステーション」の年末特集番組があり、裏番組で放送されていたNHK「プロジェクトX」最終回と同時に切り替えながら両方を見ていた。中島みゆきが歌うのはやはり見逃すことはできない。昨夜は「
ヘッドライト・テールライト」を歌ったが、歌もいいし、歌手の中島みゆきもいい。こういう歌を作れる中島みゆきは素晴らしい。作品は人に勇気と感動を与えるものでなければならない。中島みゆきの天才には遠く遠く遠く及ばないが、ブログに並べ連ねる記事の一つ一つがそのような作品に近づけるように、その意志と態度だけは常に心の片隅に持ち続けていたい。番組には瀬尾一三が出演して、歌う中島みゆきの横で演奏を指揮していた。中島みゆきの曲に編曲者としてクレジットが入っているこの男の名前が前から気になっていて、どういう音楽家だろうとあれこれ想像していた。調べてみると長渕剛の曲も多く編曲している。この人の編曲の特徴はギターにあると私は思うのだけれど、楽器は何をやっていたのだろうか。
編曲で織り込まれたギターのソロ・フレーズがドラマティックに盛り上がるのだ。勝手な想像だが、中島みゆき自身がギターのパートが好きで、瀬尾一三が作り込むあのギターの響きがお気に入りなのではないだろうか。そしてそれは70年代のロマンティシズムである。その技法と思想だ。具体的に言うと、例えばアリスの「
遠くで汽笛を聞きながら」の間奏に典型的なブルースのギターでクライマックスを演出するアレンジングである。瀬尾一三には70年代のロマンティシズムのフレーバーがある。それは中島みゆきと長渕剛に共通するものであり、だから二人は70年代のアーティストの生き残りである。すなわち、私がキャンディーズの
記事で語ったところの、70年代の「生き方」を捨てずに生きている思想家である。長渕剛の曲は素晴らしい。中島みゆきの曲も素晴らしい。詞(ことば)がよく、メッセージにインパクトがあり、聴く者の心を感動させる。形式の理想主義、感動の客観性の確信と追求、われわれが80年代以降に失ったものだ。
70年代の後半というのは一つの大きな時代の転換期だった。そういう感覚をずっと引き摺って生きている。80年代という全く価値観の違う新しい時代が始まる。だから、70年代的な価値を代表する象徴的な存在者たちは、その終わりに慌しく、そして潔くこの世を去って行った。山口百恵がそうだった。キャンディーズもそうだった。海の向こうではジョンレノンが消えた。阿久悠も消えた。80年代の価値を代表するのはサザンオールスターズであり、結局のところ、そこから始まった時代が現在まで四半世紀間、基本的に断絶なく続いている。学問の世界で言えば脱構築が支配的な方法(イデオロギー)として支配する時代である。井上陽水は70年代的なものの中心者でありながら、その価値の終焉と崩壊を70年代の半ば前に本能的に察知した天才で、早目に気づいたから時代が終わる前に挫折し逃避して方法を再構築し、生き延びて80年代に新しく生まれ変わることができた。80年代からの井上陽水は70年代の井上陽水とは顔が違う。心が変わった。
何が変わったのかは、それはマルクスの土台上部構造ではないが、上で見た文化的世界の変容の真相を説得的に弁証するのは、それに若干先行する政治的世界の変容の事実であろう。覚えているだろうか。あの京都府知事選が78年の春、東京都知事選と大阪府知事選が翌年の79年だった。いわゆる革新自治体が敗北して消滅するという巨大な政治的事件があった。不吉な政治の予兆は76年の総選挙から始まっていた。私は今でも78年の京都府知事選が関ヶ原だったと感じている。関ヶ原で決着がつき、80年代の中曽根康弘の行革民活路線が始まる。それら全体を思想史学の方法で - 例えば丸山真男の『忠誠と反逆』の明治政治思想史のように - トータルにスケッチしてプレゼンテーションすることはここではできない。直観的な表象を断片的に述べ伝えて、読者の各自に共感の火花の発生を期待するしかないが、同じような基本視角で現代日本を捉えている者は少なくないだろう。敗北して思想的に失業したマルクス主義者は、脱構築に転向して再就職の道を得た。
中島みゆきの歌が終わり、最終回の「プロジェクトX」が白いバックのエンドロールになり、チャンネルを切り替えて覗き見た「報道ステーション」の渡辺恒雄インタビューは実に面白かった。私はテレビの前で久しぶりに大笑いしてしまった。インタビュアーが久米宏だったらどんなにか面白かっただろう。渡辺恒雄は頭がいい。視聴者の関心を外さず、確実に捉えていて、一言一句に無駄が無かった。どうでもいい無駄な話は一言も言わず、本当に「美味しい」話ばかりポンポンと隠さずサービスした。開き直った老境の権力者だからそれができる。権力を現在持っていて、その権力を隠す必要がなく、大衆の関心に応じてありのまま裏側を見せる意思と立場を持っている稀有な男、渡辺恒雄。画面を見ながら、権力者はいいよなあとか、頭のいい男はやっぱりいいなあなどと正直に思ってしまった。渡辺恒雄だけでなく、その親友の中曽根康弘もそうだが、老いて衰えないあの類の(東大型の)優秀な頭脳というのは本当にいい。状況をよく理解し情報をよく咀嚼している。ボケてない。男はかくあるべきだ。
今年も一年が終わる。一年間よく頑張った。
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