二日間ほどマスコミが事件を集中報道して、これまでになく数多く本村洋の発言に接することができた。顔つきが大人に変わり、刺すように鋭かった昔の雰囲気は少し変わったが、相変わらず言葉が素晴らしい。本村洋の言葉は本当に素晴らしい。言葉が常に理路整然としていて、無駄がなく、分かりやすく、聴き入るたびに興奮と感動を覚えさせられる。聴きほれる。納得と共感で心が満たされる。何もかもが絶望的なこの日本で、本村洋は私にとって宝石のような美しい貴重な存在であり、この若い、優秀な優秀な優秀な優秀な男を、国会議員にしたいと希(こいねが)う。日本国憲法が想定する国民代表の理念型は、本村洋のような人間的資質をこそ具体要請しているのである。できればこの男を総理大臣にしてみたい。今すぐに日本国の運営を任せてみたい。昔、菅直人が厚生大臣になって、薬害エイズ事件の犠牲者の遺族の前に立ち、遺影に向かってひざまずき謝罪をしたことがあった。「大臣、この子に謝罪して下さい」という悲痛な訴えの言葉が耳に残っているけれど、
それを見たとき、私も若かったが、「菅直人よくやった、総理大臣にしてやるぞっ」とテレビの前で叫んだことを覚えている。日本ではあまり見ることのない、感動的な政治の場面だった。あれから十年経ち、今では菅直人を総理大臣にしてやりたいなどとは全く思わない。それっきり、総理大臣にしたい男は私の中に一人としていなかったが、今は本村洋を内閣総理大臣にしてみたいと願望する。憲法はきっと歓迎するだろう。憲法の心を持った天皇陛下も歓迎するだろう。今朝はTBSの「朝ズバ」に生出演して、被告人の福田孝行に対して、「謝罪の言葉は裁判が終わったときに聞きたい」と言っていた。「極刑の判決を受け入れ、自分の命で罪を償って、あの世で妻と娘に謝罪をして欲しい」と言っていた。「この世での謝罪は謝罪にはならない。私は被告人に謝罪は求めておらず、あの世で妻と娘に存分にしてもらいたい」と。隣で話を聞いていた土本武司は、「正論だと思いますね」と頷き、日本の刑事裁判の判決における権力主義と抑制主義の問題を指摘していた。
刑法の基本思想が応報刑論であることも語っていた。土本武司は、同じ検事出身の法曹解説者の中でも、今後の捜査や裁判の予想といった具体論の方面の話題ではなく、むしろ刑法学者として理論的学問的な中身でコメントを埋める方を好む。横で語る本村洋に触発されたように、刑法総論の基礎を説き始めていた。刑事事件の解説はそれでよい。茶の間を法学部の刑法講義の空間に変えなければならない。本村洋はさらに続けた。「被害者の遺族は何度も警察に呼び出され、仕事も休んで事情聴取を受けさせられる。長い時間を耐え、答えたくない苦痛な質問に答え、認めたくない調書に署名するのは、検察がきっと仇を取ってくれると信じているからだ。検察に全面協力する以外に被害者の遺族には相手と戦う手段がないからだ。裁判の間、犯人と弁護士が何を言っても、傍聴席の被害者遺族は何もできない。黙って我慢してジッと彼らの話を聞くしかない。それを耐えられるのは、裁判が復讐の場であり、最後に遺族に代わって復讐を遂げてくれる日を待っているからだ」。
許せないことは本当に多くあり、安田好弘と足立修一の問題については稿を別にするが、一審の山口地裁で裁判を担当した判事の渡辺了造は、法廷に被害者の遺影を持ち込もうとした本村洋に対して、判決を言い渡す前に、被害者の顔が見えると被告人の人権を侵害するからという理由で写真に布を被せるよう命令している。この遺影事件は当時も大きな話題になった。もう一人、一審で福田孝行の弁護人を務めた弁護士の中光弘治。この男は判決で無期懲役が出たとき、何と被害者遺族が傍聴席にいる前でガッツポーズをして見せたと言われている。この中光弘治の熱心な弁護によって一審は無期懲役になったわけだが、この男は被告人の福田孝行について、「公判を重ねるたびに反省の度を深めている」と証言している。ところが福田孝行は、周知のとおり、拘置所の中から友人へ宛てた手紙の中で「私を裁けるものはこの世におらず」「7年そこそこで地表にひょっこり芽を出すからよろしく」と言っている。「反省の度を深めている」という弁護人証言は嘘だった。
殺された妻の弥生さんについて少し触れたい。七年前の事件発生から一審求刑の当時より、この二日間の方が弥生さんに関する情報が多く出ていて、テレビでは何枚も母と子が写っている写真がスタジオに掲げられている。それから本村洋との交換日記が紹介されている。当時は気づかなかったことだが、弥生さんという女性が実にいい感じの良妻賢母なのだ。23歳なのだが、落ち着いていて、二十代前半という年齢で想定する未熟さが表情にない。正直なところ、七年前だとこういう人もまだいたのかなと時代を思い返してしまう。現在の日本では、三十代の半ばか後半で女が子どもを産むのが当然になり、二十代の前半で子どもを持っていると、逆にこちらの方が大丈夫だろうかと不安になってしまう社会的環境がある。二十代前半で子どもを持つ母親は、何か訳ありだったり、金髪だったりする。だから弥生さんの写真を見ていると不思議であり、とてもいいものを見ている気分になり、何と惜しいことをしたのだろうという感情が自然に沸いてくるのだ。この夫婦なら、どれほど素晴らしい家庭が築けていただろう。それがどれほど日本と地域の財産になっただろう。
写真を見ながら、良妻賢母という言葉を思い出し、昔の日本はよかったなという感慨を深くした。